「宇宙兄弟」。どこかで3巻まで無料で読んで続きが気になっていたので、既刊分をレンタルでまとめて読んでみた。つらつらと感想を書いてみる。ネタばれも多少あるので閲覧注意。
先を歩くはずだった兄を待つ弟、その背中を複雑な思いで見つめる兄。
自動車メーカーをクビになった主人公・南波六太が、宇宙飛行士である弟・南波日々人に背中を押されながら、かつて夢に見た宇宙飛行士への道を歩き始める、というストーリー。
主人公が持ち前の才能をさり気なく活かしながら、また時には運に助けられながら関門をひとつひとつクリアしていくというテンポの良いストーリーもさることながら、一番印象に残ったのは兄弟の間の絆だった。
行動力のある弟・日々人は、兄・六太の背中を簡単に追い越して、兄弟の夢であった宇宙への道をどんどん進んでいくのだけれど、兄の才能も、心の奥底に仕舞い込んでしまった情熱も未だに信じていて、兄が自分に追いついて隣に並ぶ日が必ず来るとひたすら待っている。
兄である六太は、そんな弟の気持ちも充分察していて、早々に夢を諦め現実的な道を選んだことで、弟にちょっと負い目を感じている。一躍スターとなった弟に対し、引け目や羨ましさ、誇らしさ、色んな感情を抱え持っているけど、屈折した感じではなく、その時のその感情が自然に出てくる、ある意味素直な人柄。そんな人柄ゆえか、六太の周囲には、何かと気にかけてくれたり、背中を押してくれる人たちが集まってくる。
兄は常に弟の先を行っていなければならない、六太は先を歩く弟のことを考えるたびモノローグでそう呟く。でも気付いた時には弟に追い越され、先に夢を叶えられていた。そして職も失い、理想通りにはいかなかった現実と真正面から向き合うことになる。弟が月を目指すなら、自分はその先の火星に行く。そう約束したはずなのに、実現できていない自分がここにいる。
六太が職探しに歩き回る中、日々人が六太に内緒で出させた宇宙飛行士選抜への出願が書類審査を通り、六太は何の準備もなく、宇宙への道のスタートに立たされることになる。
私がこの作品に感情移入してしまう理由。
私には4歳下の弟がいる。ある分野において、弟は私の(そして多分に父の)背中を追いかけてきた節があるし、趣味の面でも多少なり弟に影響を与えてきた部分はあると思っている。
今、弟はその分野で仕事を持ち、同じ方面の趣味も続けていて、ある意味私の歩きたかった道を歩んでいる。
一方私は、全く畑違いではないものの、本来目指したかったものとは少し離れた職に就き、その仕事もプレッシャーに負けて身体を壊しドロップアウトした身だ。今はもう、この分野は趣味で気の向くままに続ければいいかと思いつつ、今の仕事でその方面の知識や技術を活かせる場面があれば張り切ってしまい、評価されれば嬉しさや誇らしさを感じる。そして、やっぱり本当はこれを仕事にしたい、そしてそれができたら、つらいことも当然あるとはいえ、どれだけ張りのある生活になるだろう、と考える。
弟は別に私を元の分野に戻そうと試みることはしないし、ドロップアウトしたことを責めるわけでもない。でも、この分野で何か迷えば私に助言を求めてくるし、私も力になろうと頭をひねる。まだ頼りにしてくれることが嬉しくもあり、もうとっくにお前の方が先を行っているだろうに、と申し訳なく、自分を不甲斐なく思うこともある。
そんな自分の状況が、分野もスケールも違えど主人公に重なるところがあり、どっぷりと感情移入して読むことができた。
私には主人公のような人柄も秘めたる才能もないし、あきらめた道に今一度踏み出す勇気も行動力も今はない。だから重ねるなんておこがましいと分かってはいるけど、まあ心の中の話だし、そこは大目に見てもらおう。とにかく、なんともうまいタイミングでこの作品に出合ったものだと思う。
「ピンポン」と通じるところがあるのね。
話はちょっと別の作品に逸れるけれど、「自分が背中を見せていたつもりの相手に追い越され、本気で事に向き合うことを決意し、今度は追いかける立場に回る」というこの構図、松本大洋の「ピンポン」の主人公・ペコこと星野裕と、幼馴染であるスマイルこと月本誠の関係に通ずるところがある。
これも大好きな作品で、この本は生涯手放すことはないだろうと思っている。
ペコは卓球に秀でた才能を持っているが、努力とは無縁の天才マイペース型。自分が卓球を教えた幼馴染のスマイルは、自分の後ろにいるはずだった。しかし、高校一年の夏、スマイルの隠し持っていた才能を見せられたことで彼に追い越されてしまったと感じたペコは、卓球を辞めてしまう。それでもスマイルは、ペコの天性の才能を信じていて、かつて自分が憧れたヒーローとして、ペコが再びその背中を見せつけてくれるのを待っていた。
ペコとスマイルは兄弟ではないけど、小学生のころからの幼馴染。卓球を背景に長い時間を共にしてきた絆があり、信頼関係がある。こと卓球の才能と情熱に関しては、お互いを(完全に、ではないけれど)熟知している。
だから、ペコはスマイルが自分に寄せる期待も、心の奥ではきちんと分かっている。また、長年続けてきた卓球への愛着も完全には捨てきれず、すっぱり卓球と縁を切ることはできずにいた。そしてある出来事から今度は本気で卓球に向き合うことを決意、師匠の協力の元、特訓で才能を磨き直し、トーナメントの決勝でスマイルの前に帰ってくる。試合の後はエピローグでそのまま高みまで駆け上っていったペコの姿が描かれ、物語は完結する。
「ピンポン」は全4巻という短い巻数にひとつの挫折と再起をメイン軸に、短く、しかし濃くまとめている。一方「宇宙兄弟」は現在30巻。六太は弟に追いついたが、日々人の背中はもうそこにはない。日々人は不運な事故による大きな挫折のあと、這い上がろうとする真最中だ。で、おそらく今後は抜きつ抜かれつ、また、支え、支えられつつの展開になるのかな?というところ。
テンポも熱量も全く違う話だけど、主人公ふたりの関係に焦点を絞ってみればよく似ている。パクリがどうとかいう話ではなく、自分がこの二つの作品に揺り動かされたのは、この主人公ふたりの間にある絆によるものなんだと、並べてみることで気がついた、という話。
※ペコの挫折と再起にはもう一人の幼馴染・アクマの存在も欠かせないのだけれど、話がとっ散らかるのでここでは割愛する。更に言うともっと色んな人間模様が絡み合っていて、ここで語れるのは「ピンポン」の魅力の一部でしかない。気が向いたらまた別の機会に書こうと思う。
情熱を温め直してくれる物語。
「宇宙兄弟」の方はレンタルだから読み返すことはしていないけど、「ピンポン」は読むたびに胸が熱くなる。大げさな話ではなく、熱くなり、情熱に火がつく一歩手前まで行く。
後は自分でマッチを擦るだけ、なのだと思う。
しかし、火を点けた後そのまま燃やし続けるには多分、まだ色々な準備が必要だ。