気ままレシピとシンプルライフ。

面倒くさがりで外食派だったプチ汚部屋人が、健康で文化的な最低限度の生活を取り戻していくブログ。自炊しようかな、から始まり、ミニマリストまではいかなくていいけどシンプルに暮らしたいと思い始めたところ。

理想と現実に折り合いをつけるための言葉。

f:id:naganegi222:20180711051303j:plain

例によって話がまとまらないんで読みにくい雑感。

幸せに生きるコツは、
自分の思うようにコントロールできるものなどない、
と知ることだ

という主旨の言葉を何かで耳にして、それが自分的にすごくしっくりきたよっていう話をしたくて誰の名言だったのか調べてたんだけど、結局誰の言葉かわからない。

「コントロール 名言」てな感じで検索をかけてみたら、全てはコントロールできる派やらできない派やら、いろんな主義主張が出てきてちょっと面白かった。

よく、「運命は自分で切り開くもの」なんて言葉を耳にしますよね。冒頭の言葉とは真逆ベクトルの言葉になるわけですが。

確かにその通りな面もある。生まれた環境ですべてを決められたくはないし、自分じゃどうにもならないことを言い訳にして目の前のことから逃げようとする自分を奮い立たせるために有効な言葉だとは思う。実際、これを座右の銘にしていた頃もありました。

でもね、結局これは私の芯の部分にぴったりと沿う言葉ではなかったんだ。

運命を自分で切り開いていく人の姿はかっこいいし憧れる。できるならそうなりたいと思っているけど、やっぱ生来の面倒くさがりな自分にはそのスタイルは疲れるんだよね。

目には見えない部分だから気付きにくいけど、普通の人がちょっと頑張ったくらいでは重量挙げのオリンピック選手になれないのと同じで、肉体的な面だけじゃなくて精神的な面でもやはり「持って生まれた素質」というのはあると思うんです。憧れだけでは貫き通せないこともある。

飛べない鳥もいる。

というのは私の好きな漫画「ピンポン」の中のセリフですが、頑張り過ぎてメンタルをやられてから、最初は挫折感とともにそのことを実感し、しかし今は心を自由にしてくれるものとしてそれと向き合っています。

自分の中にダメな部分があって、そいつを切り離すのは難しい。ていうか多分無理。改めてこのダメな部分と向き合ってみた時に、無理にこれを切り離してまで、誰もが憧れる人格者になりたいのかと?自分に問うてみると、「いや、別に…」という感じ。

じゃあべつに無理しなくてもいいんじゃないの?

飛べないなら飛べないなりに、無理をせず持てる選択肢の中で最善を尽くしていく。

そんな生き方も、全然ありだと思うようになりました。

それがいいのか悪いのかはわかりません。でも、今までと違う価値観を見いだせたということだけでも、いいことなんじゃないのかなと。

…なんかいい話風になっちゃったんですけど、そういう話がしたかったわけじゃないんだ。冒頭の言葉ね。多分ここからが本題です。前置き長くてすみません。

幸せに生きるコツは、
自分の思うようにコントロールできるものなどない、
と知ることだ

職場に、誰とでも仲良くしたがる女の子がいましてね。SNSで”皆とつながる”のが当たり前な世代の子なんで、ああなるほどねという感じなんですけど。

他の子もそうなのか分かりませんが、私が驚いたのは、その子が自ら陰口を言ってる人とも積極的にLINE交換したり、プライベートで遊びに行ったりすること。

嫌いな人間のために時間を割いたり連絡先を交換したり…私は職場の人間関係はあくまで仕事を通して成り立ってるものと考える性質なので、そういうのを見るとよくやるなあと思ってしまうんですが。

で、その子のちょっと困ったところは、その嫌いな人との接触で得た情報と、それに対するさらなる陰口を、今度はこっちに流してくるところなんですよ。

私は嫌いな人のプライベートな情報なんて別に知りたくないし、仕事外で誰が何してようが知ったこっちゃないんで、そんな話を聞かされても正直うんざりしてしまう。

なんでわざわざそんなことするのかなあと思ってしばらく観察していたんですが、どうやら皆のことを把握してコントロールしたがっているのかな?ということに気付きました。

というのは、その子から出る陰口というのが大体「私はこう思うのにその人はそうしてくれないんです」という内容だから。

そりゃあね、人それぞれ考え方も価値観も違いますから、皆があなたの思うようには動きませんて。

そんな彼女が、「皆が指示通りに動いてくれない」と時々勤務時間中に泣いているのを見て、ちょっとこの言葉を贈りたいなと思ったわけです。

別にね、彼女がおかしな指示を出してるわけじゃないんです。きちんとルールを守って仕事してねというごくまっとうな指示でも、まあできない人、やらない人、いるわけで。

その辺はね、その程度のやる気や能力を持った人しか集められない会社の器の問題かなと私は思っているわけですが。

やる気がない人、能力がない人でも、スタッフとして頭数に入っている以上うまいこと使っていくしかないわけで、そこがリーダーの腕の見せ所なんですが、彼女はその人たちに、彼女と同じだけのやる気や能力を求めてしまうんですね。

で、当然そうはいかなくて、泣いちゃう。まあ若いとはいえいい大人が職場で泣くというのも正直どうかと思うのだが、それはとりあえずおいといて。

彼女はきっと、周囲から期待された通りに努力して成長してきたタイプなんだと思います。だから他人にもそれを求めてしまう。自分は言われたらその通りに努力するのに、どうしてこの人たちはそれができないのか。おそらくそんな気持ちなんでしょう。

自分の思うようにコントロールできるものなどない、という冒頭の言葉。

彼女の場合なら「他人は思うようにコントロールできるものではない、なぜなら他人だからだ!」というところですかね。

彼女のケースに限らず、この言葉は、理想と現実のギャップに折り合いをつけるのにいい言葉だと私は思います。

ギャップを埋めるための努力を否定するわけでもなく、諦めに敗北感を伴わなくて済む。悟りに近いですかね。

人間、自分の感情ひとつとっても完全にコントロールできるとは言い切れないですからね。

だからこそ、並はずれた努力で何かを成し遂げた人というのは称賛されてしかるべきなわけで。

まあ私は無理のない範囲で理想的な生き方ができればいいなと思っています。